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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)1577号 判決 1976年10月27日

甲事件原告 内外不動産株式会社訴訟承継人破産者津村実破産管財人 坂巻幸次

乙事件原告 破産者津村工業株式会社破産管財人 堀之内直人

甲乙両事件被告(以下被告という) 金太圭

右訴訟代理人弁護士 鶴田晃三

右訴訟復代理人弁護士 佐藤成雄

主文

一  被告は乙事件原告に対し、金三八一五万円及びこれに対する昭和四六年九月三日から支払ずみまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

二  甲事件原告の請求を棄却する。

三  訴訟費用中、甲事件原告と被告との間に生じた分は甲事件原告の負担とし、乙事件原告と被告との間に生じた分は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  甲事件について

1  甲事件原告

(一) 被告は甲事件原告に対し、金三八一五万円及びこれに対する昭和四六年九月三日から支払ずみまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 仮執行宣言

2  被告

(一) 主文第二項と同旨

(二) 訴訟費用は甲事件原告の負担とする。

二  乙事件について

1  乙事件原告

(一) 主文第一項と同旨

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 仮執行宣言

2  被告

(一) 乙事件原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は乙事件原告の負担とする。

第二当事者の主張

(乙事件について)

一  乙事件原告の請求原因

1 当事者

(一) 津村工業株式会社(代表取締役・旧姓文太洵こと津村実)は昭和四五年一月八日午前一〇時東京地方裁判所において破産宣告を受け(以下右会社を破産会社という)、乙事件原告は同日その破産管財人に選任された。

(二) 被告(日本名・金光良泰)は、「日清商会」の商号でゴルフ用品販売業を営んでいる。

2 本件不動産の所有権の帰属

(一) 藤田合資会社は別紙目録(一)(二)記載の不動産(以下本件不動産(一)(二)という)を、藤田文三は同目録(三)(四)記載の不動産(以下本件不動産(三)(四)という)をそれぞれ所有していた。

(二) 破産会社は、昭和四三年七月一八日代物弁済により右藤田合資会社から本件不動産(一)(二)の所有権を取得して、同月二五日所有権移転登記(但し、津村実名義)を経由し、また、同年一一月二六日代物弁済により右藤田文三から本件不動産(三)(四)の所有権を取得して、同年一二月四日所有権移転登記(但し、津村実名義)を経由した。

3 本件担保契約の締結及び予約完結権の行使

(一) 本件担保契約の締結

破産会社は、昭和四三年一二月二五日、被告との間で、本件不動産(一)ないし(四)(以下これらを合わせて本件不動産という)について元本極度額金六七〇〇万円の根抵当権設定契約、代物弁済予約契約及び停止条件付賃貸借契約(以下これらを合わせて本件担保契約という)を締結したうえ、本件不動産(一)(二)について昭和四四年一月六日、本件不動産(三)(四)について同年一月一〇日、それぞれ根抵当権設定登記、停止条件付所有権移転仮登記及び停止条件付賃借権設定仮登記を経由した。

(二) 本件予約完結権の行使

そして、被告は、昭和四四年一月二二日、右代物弁済予約契約に基づき予約完結権を行使して本件不動産の所有権を取得し、本件不動産(一)(二)について同年二月三日、本件不動産(三)(四)について同年二月六日、それぞれ前記停止条件付所有権移転仮登記に基づく本登記を経由した。

4 否認権の行使

(一) 破産会社は、昭和四四年一月一六日支払を停止した。

(二) しかして、破産会社のなした本件担保契約の締結は、右支払停止の前三〇日以内になした担保の供与であり、かつ、破産会社の義務に属せず、又は少なくともその方法・時期が破産会社の義務に属しないものであるから、破産法七二条四号に該当する行為であるのみならず、破産会社が破産債権者を害することを知ってなしたものであるから、同条一号にも該当する行為である。

以上は、破産会社が本件担保契約締結当時、資金繰りに困窮を極め、主として融通手形の割引等により資金調達を図っていたのみならず、多額の負債をかかえながら本件不動産以外に債権者の共同担保となるべき一般財産を所有していなかったこと、その他本件担保契約締結当時における本件不動産の時価、本件担保契約の被担保債権額(金二〇〇〇万円)、前記根抵当権設定契約の元本極度額等に照らせば明らかである。

(三) また、被告がなした本件予約完結権の行使は、破産会社が被告と通謀のうえ破産会社の支払停止後になした債務消滅に関する行為であり、かつ、被告はその当時支払停止のあったことを知っていたから、本件予約完結権の行使は同条二号に該当する行為である。

(四) そこで、乙事件原告は被告に対し、本件訴状をもって本件担保契約の締結及び本件予約完結権の行使を破産財団のため否認する旨の意思表示をし、右訴状は昭和四六年三月六日被告に到達した。

5 被告の本件不動産の売却

被告は、右否認権行使前の昭和四四年七月一五日本件不動産(一)(二)を申玄淳に売り渡したうえ、同月二一日所有権移転登記を経由し、また、同月一八日本件不動産(三)(四)を神吉陽一に売り渡したうえ、同日所有権移転登記を経由した。

6 本件担保契約締結当時の本件不動産の時価

本件担保契約締結当時の本件不動産の時価は、金三八一五万円を下回ることはない(甲第一九号証の一、二参照)。

7 結論

よって、否認権行使に基づく原物回復に代わる価額償還請求として、乙事件原告は被告に対し、右金三八一五万円及びこれに対する否認権行使後の昭和四六年九月三日(請求拡張日の翌日)から支払ずみまで商法所定の年六分の割合による法定利息の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の(一)、(二)の各事実は認める。

2(一) 同2の(一)の事実は認める。

(二) 同2の(二)の事実は、代物弁済を受けた主体の点を除き、すべて認める。

右主体は破産会社及び津村実である。

3(一) 同3の(一)の事実は、被告との間で本件担保契約を締結した主体の点を除き、すべて認める。

右主体は破産会社及び津村実である。

(二) 同3の(二)の事実は、本件予約完結権行使の時期の点を除き、すべて認める。

右時期は昭和四四年一月下旬頃である。

4(一) 同4の(一)の事実は認める。

(二) 同4の(二)は争う。

本件担保契約は、被告の破産会社及び津村実に対する準消費貸借上の債権金六七〇〇万円を担保する目的で締結されたものである。

ところで、当時の破産会社の負債総額は約金一〇億円であり、そのうち主たるものは内外不動産株式会社(当時の商号は第一産業株式会社。以下内外不動産という)に対する債務約金八億七〇〇〇万円及び被告に対する債務約金一億円であったが、右内外不動産が破産会社に対し、昭和四三年一二月下旬頃、「従来破産会社に対して行ってきた事業運営上の援助を中止するが、右約金八億七〇〇〇万円の債務の弁済は毎月金三〇〇万円の分割払の方法によることを承諾する」旨言明し、さらに、破産会社が当時年間約金六〇〇〇万円の純益を得ていたのみならず、約金一億七〇〇〇万円の定期預金を有していたことなどから、破産会社は、今後被告からの資金援助のみで会社再建が十分可能なものと判断し、津村実とともに被告から融資を受けたうえ本件担保契約を締結したのである。ところが、昭和四四年一月一四日頃、右内外不動産が右約束を一方的に破棄して破産会社裏書にかかる手形を多数振り込んだため、破産会社は、資金繰りが困難に陥り、同月一六日に支払停止のやむなき状況に至ったものである。

(三) 同4の(三)は争う。

代物弁済予約契約に基づく予約完結権の行使は、事後処理として行われる行為にすぎず、債務消滅に関する行為ではないから、否認権行使の対象となりえない(破産法七四条一項但書参照)。

(四) 同4の(四)の事実は認める。

5 同5の事実は認める。

6 同6の事実は否認する。

被告は、本件不動産(一)(二)を代金二〇〇〇万円で、また本件不動産(三)(四)を代金九一五万円でそれぞれ売却した。従って、本件担保契約締結当時の本件不動産の時価は金二九一五万円を上回ることはない。

なお、本件担保契約締結当時、本件不動産(一)(二)は第三者により不法占拠されていたし、また、本件不動産(三)(四)の裏側は未だ田であったところ、原告引用の甲第一九号証の一、二の各鑑定書にはかかる事情が斟酌されていないから、右鑑定の結果は正確性を欠く。

三  被告の抗弁

被告は、本件担保契約締結当時、同契約締結が破産債権者を害することを知らなかった。

すなわち、被告の前妻と津村実の妻とが姉妹の関係にあったため、被告は破産会社及び津村実に対し手形交換等により融資を行っていたが、その間右手形の決済は確実になされていたので、被告は、本件担保契約締結当時、破産会社及び津村実の財産状態が悪化していたことさえ知らなかった。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実のうち、被告と津村実の間柄が被告主張のとおりであることは認め、その余は争う。

被告は破産会社との間で継続的に融通手形の交換を行っていたのであるから、当然破産会社の財産状態を熟知していた筈であり、右財産状態のほか、被告と津村実の間柄、本件担保契約の締結時期及び内容等を合わせ考えると、被告が本件担保契約の締結により破産債権者を害することを知っていたことは明らかである。

(甲事件について)

甲事件についての当事者双方の主張は、次に記載するほか(以下における冒頭の各番号は、乙事件のそれに対応する)、前記乙事件についての当事者双方の主張のとおりであるから、これを引用する(但し、乙事件原告の請求原因及び抗弁に対する認否中、「破産会社」を「津村実」に読み替える)。

一  甲事件原告の請求原因

1 当事者

(一) 前記内外不動産株式会社は、被告に対し、破産会社の代表取締役であった津村実の被告に対する本件担保契約等について民法四二四条による詐害行為取消の訴を提起していたところ、右津村が、昭和四五年一〇月二三日午前一〇時浦和地方裁判所越谷支部において破産宣告を受けたので、甲事件原告は同日その破産管財人に選任され、右訴訟を受継した。

4 否認権行使

(四) そこで、甲事件原告は被告に対し、昭和四九年七月一〇日の口頭弁論期日において、本件担保契約の締結及び本件予約完結権の行使を破産財団のため否認する旨の意思表示をした。

7 結論

よって、否認権行使に基づく原物回復に代わる価額償還請求として、甲事件原告は被告に対し、右金三八一五万円及びこれに対する訴状送達の後である昭和四六年九月三日から支払ずみまで商法所定の年六分の割合による法定利息の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1(一) 請求原因1の(一)の事実は認める。

4(一) 同4の(一)の事実は不知。

第三証拠《省略》

理由

一  当事者等について

津村工業株式会社(破産会社)及びその代表取締役であった津村実がそれぞれ原告ら主張の日時に破産し、甲事件原告が津村実の、乙事件原告が右会社の各破産管財人に選任されたこと、被告が「日清商会」の商号でゴルフ用品販売業を営んでいること、以上の各事実は当事者間に争いがない。

ところで、甲事件原告は本件不動産の所有権が津村実に帰属していたことを前提に、また、乙事件原告は右所有権が破産会社に帰属していたことを前提に、いずれも被告に対し否認権行使に基づく本件不動産の価額償還を請求している。これに対し被告は、まず本件不動産は破産会社及び津村実の共有であった旨主張するので、まずこの点について検討する。

二  本件不動産の所有権の帰属について

1  藤田合資会社が本件不動産(一)(二)を、また藤田文三が本件不動産(三)(四)をそれぞれ所有していたこと、さらに、本件不動産につき原告ら主張のとおり代物弁済がなされたうえ、津村実名義で所有権移転登記がなされたこと、以上の各事実(但し、代物弁済を受けた主体の点を除く)は当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、前記代物弁済は、藤田防水布株式会社の破産会社に対する貸金債務の弁済に代えて、前記藤田合資会社等から破産会社に対しなされたものであるが、当時破産会社は資金繰りに繁忙を極め、登記申請手続の際社印の使用ができなかったため、代表取締役であった津村実の個人名義で所有権移転登記がなされたことが認められる。

《証拠判断省略》

三  甲事件について

前判示のとおり本件不動産について代物弁済を受けた主体は破産会社であって、津村実個人ではないから、じ余の争点について判断を加えるまでもなく、甲事件原告の請求は失当として棄却を免れない。

そこで、以下乙事件についてのみ判断する。

四  本件担保契約の締結及び本件予約完結権の行使について

1  昭和四三年一二月二五日に被告との間で本件担保契約が締結され、乙事件原告主張の各登記がなされたこと、昭和四四年一月二二日頃から同月下旬頃までの間に被告が本件予約完結権を行使して本件不動産の所有権を取得し、乙事件原告主張のとおり仮登記に基づく本登記がなされたこと、以上の各事実(但し、被告との間で本件担保契約を締結した主体の点を除く)は当事者間に争いがない。

2  しかして、前判示のとおり本件不動産について代物弁済を受けたのは破産会社であり、しかも右代物弁済後本件担保契約締結までの間に本件不動産の所有関係に変動が生じたことの認められない本件においては、被告との間で本件担保契約を締結した主体もまた破産会社であるものと認めるのが相当である。

五  否認権の行使について

1  乙事件原告は「本件担保契約の締結は破産法七二条四号又は一号に該当する」旨主張するので、右主張について検討する。

《証拠省略》を総合し、弁論の全趣旨を参酌すると、次の各事実が認められる。すなわち、

(一)  内外不動産は、昭和三九年頃から破産会社に対して資金援助を行っていたが、昭和四三年二月頃破産会社の財産状態が悪化し、負債総額が約金四億七〇〇〇万円(うち内外不動産に対するもの約金三億円)に達したので、その頃破産会社再建のため自己の社員を破産会社に出向させた。

(二)  ところが、破産会社はその後も財産状態が悪化の一途を辿り、昭和四三年一一月頃内外不動産に対する負債総額が約金八億七〇〇〇万円に増加したため、内外不動産は、従来破産会社に対して行ってきた資金援助を中止し、同年一二月中旬頃破産会社との間で、「破産会社は内外不動産に対し同年一二月一五日現在金八億七〇二三万七〇一五円の債務を負担していることを認めたうえ、これを昭和四四年一月七日を第一回として同年二月以降毎月末日限り金三〇〇万円ずつ割賦弁済することを確約し、内外不動産はこれを承諾する」旨の割賦弁済契約を締結し、その際、代表者たる津村実は内外不動産に対し、右債務につき連帯保証をする旨約した。そして、右三者間で債務承認弁済契約書(乙第六号証)が取り交わされた(なお同契約書における「第一産業株式会社」とは、内外不動産の当時の商号であったことは前記のとおりである)。

(三)  ところで、右津村実と被告とは、いずれも韓国済州島の出身であるばかりでなく、被告の前妻と右津村の妻が姉妹の関係にあり(右身分関係は争いがない)、かねて親密な間柄にあったため、被告もまた破産会社に対し昭和三七年頃から資金援助を行っていたところ、昭和四一年頃からは融通手形の交換等により相互に資金調達の便宜を図っていた(なおその間に破産会社において手形不渡等による債務不履行はなく、また、被告が破産会社に対し物的担保の提供を要求したこともなかった)。そして、前叙のとおり内外不動産が破産会社に対する資金援助を中止したため、破産会社は、昭和四三年一二月二五日、被告から、あらためて金二〇〇〇万円を借り受けたうえ、右債務を担保するため被告との間で本件担保契約を締結し、その際、津村実は被告に対し、右債務につき連帯保証をする旨約した。

(四)  本件担保契約締結当時、破産会社は、本件不動産及び約金一億七〇〇〇万円の定期預金のほか主たる資産と目すべきものを有せず、他方、負債総額は約金一〇億円に達していた。そして、当時、破産会社は、純益が月平均約二七〇〇万円程度であるのに対し、金利及び諸経費等の支出が毎月約金一億円に及び、著しい赤字経営の状況にあった。右のように破産会社の営業状態が悪化したのは、融通手形の振出等により資金調達を図り、また、経理も杜撰であるなど、正常な業務運営がなされていなかったことに基因する。

(五)  ところでその後、破産会社は、前記契約書(乙第六号証)によれば「昭和四四年一月より毎月三〇〇万円ずつ弁済」すれば足りるにもかかわらず、内外不動産の要請に基づき、昭和四三年一二月二七日頃すでに金三〇〇万円を、また昭和四四年一月一〇日頃には約金一三〇〇万円もの金員をそれぞれ内外不動産に弁済し、さらに、同月一二日頃には自己の所持していた右契約書を同社に交付までしてしまった。

(六)  そして、内外不動産は、昭和四四年一月一四日頃、前記割賦弁済契約の内容よりも厳しい五条件を破産会社に提示したが、破産会社がこれを受諾しなかったため、破産会社が資金調達のため内外不動産に裏書譲渡していた第三者振出にかかる額面合計約五〇〇〇万円の手形(同手形は破産会社が資金調達の目的で第三者にその振出を依頼したもので、右手形金の実質的支払義務者は破産会社であった)の取立を実行するに至った。このため、破産会社は、同月一六日支払を停止した(右支払停止の事実は争いがない)。

(七)  そこで、被告は、昭和四四年一月二二日頃から同月下旬頃までの間に本件予約完結権を行使した。また、被告は、同年五月頃、破産会社の草加工場から営業譲渡を受けた株式会社埼玉重工製作所に対し、約七五〇万円の融資を行った。

以上の各事実が認められる。

2  被告は、「本件担保契約は、被告の破産会社及び津村実に対する準消費貸借上の債権金六七〇〇万円を担保する目的で締結されたものである」旨主張し、《証拠省略》中には右主張に添う供述部分があり、また、成立に争いのない乙第一ないし第四号証、乙第五号証の一、二も右主張に符合する。

しかしながら、《証拠省略》によると、破産会社は、昭和四一年三月一日に本店所在地の住居表示が変更になったため、同月三一日にその変更登記を了し、遅くとも同年四月一六日までには契約書等の作成にあたり肩書住居として新所在地を表示する社印を使用していたこと、前掲乙第一号証(振出日同年五月三〇日、共同振出人破産会社及び津村実、受取人被告、額面金二五〇〇万円の約束手形)並びに乙第二号証(振出日同年一〇月七日、振出人破産会社、受取人被告、額面金一〇〇〇万円の約束手形)は、いずれも振出日が右四月一六日以降になっているにもかかわらず、破産会社の肩書住居が旧所在地のまま表示されていること、以上の各事実が認められる。また、前掲乙第三号証(津村実作成の被告宛て昭和四三年三月一〇日付金一〇〇〇万円の借用証)は、欄外に同用紙が昭和四四年一月に製造されたことを表示する数字が記載されているから、右借用証は右昭和四四年一月以降に作成されたことが明らかであるのに、右借用証にはそれ以前の作成日付が記載されている。

右の各事実に、前記五の1で認定した諸事実、殊に被告は破産会社の代表取締役津村実と親密な関係にあり、昭和四一年当時相互に資金調達の便宜をはかるため融通手形の交換を行っていた事実をも合わせ考えると、前記各書証は被告主張の、破産会社に対する既存の貸金債権の存在を直接裏付ける証拠とはなし難く、前記五の1に掲げた各証拠に対比すると、被告の主張に添う前記各供述部分はにわかに信用し難い。

また被告は、「内外不動産は、前記割賦弁済契約を締結しながら、これを一方的に破棄した」旨主張し、《証拠省略》中には、「破産会社は、内外不動産によって前記契約書(乙第六号証)を詐取された」旨の供述部分がある。

なるほど、本件記録を精査しても、前記割賦弁済契約が合意解除されたことを認めるに足りる確証はない。しかし破産会社は自己の所持していた右契約書(乙第六号証)を首肯しうる理由もなく内外不動産に交付し、しかも同契約書にはむしろ破産会社に著しく有利な約定が記載されていたことは前判示のとおりであるから、右事情に照らすと、被告の主張に符合する前記各供述部分はにわかに採用し難く、結局、前記割賦弁済契約が被告主張の如く破産会社側の予期に反して一方的に破棄されたものと認めることはできないものといわざるをえない。

そして、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

3  破産法七二条四号の主張について

そこで進んで、法律上の判断に入るに、前記認定の事実関係に徴すると、本件担保契約の締結が破産会社の支払停止前三〇日以内になされた担保の供与であることは明らかであるが、破産会社は当時財産状態が悪化していたとはいえ、新たに資金調達のため本件担保契約を締結したものであるから、本件担保の供与が破産会社の義務に属せず、または、その方法・時期が破産会社の義務に属しないとは解せられない。

従って、本件担保の供与が破産法七二条四号に該当する旨の主張は、失当といわなければならない。

4  破産法七二条一号の主張について

(一)  本件担保供与の詐害行為性

前記認定のとおり、本件担保契約締結当時、破産会社は、いわゆる大口債権者(負債総額約一〇億円の九割に近い債権を有していた)であった内外不動産との間で前記割賦弁済契約を締結したことにより、直ちに倒産する危険からは免れたものの、同社からの資金援助が中止されたことのほか、破産会社の前示の如き当時の財産及び営業状態等に鑑みると、未だ破産会社が危殆状態を脱したものとは認め難い。そして、前記認定にかかる本件担保契約の被担保債権額、後記認定にかかる本件担保契約締結時の本件不動産の価額等を合わせ考察すると、破産会社が右のような危殆状態のもとで唯一の所有不動産というべき本件不動産につき本件担保契約を締結したことは、それがたとえ資金調達の目的でなされたとしても、他の一般債権者に不利益を生ぜしめる結果となることは否定できないから、それは、破産債権者を害する行為であるものといわなければならない。

(二)  破産会社の詐害意思

前記認定の事実関係に照らすと、なるほど破産会社は、内外不動産からの資金援助が中止された後も、なお営業を継続するとともに前記割賦弁済契約に基づき内外不動産に対し確実に弁済を履行していくためには、従前から同社と併行して破産会社に対し資金援助を行っていた被告からも多額の融資を受ける必要があったこと、また、破産会社が支払停止をするに至った直接の誘因は、破産会社の行為自体ではなく、内外不動産の前記手形取立行為であったことが容易に推認できること等の事情は認められる。

しかしながら、前叙のとおり、前記割賦弁済契約の締結をもってしても、未だ破産会社が危殆状態を脱したものとは認め難いこと、また、破産会社は同契約締結前に既に本件不動産を取得していたにもかかわらず、大口債権者である内外不動産に対しては右不動産を担保に提供することなく、むしろ破産会社に著しく有利な前記割賦弁済契約を締結し、反面その直後に被告との間で右不動産を目的とする本件担保契約を締結していたこと、前記割賦弁済契約の右のような内容及び前記認定にかかる前記割賦弁済契約締結後の破産会社の内外不動産に対する弁済状況等に照らすと、破産会社及び内外不動産は右割賦弁済契約の内容を必ずしも重視していなかったものと推認できること、以上の諸点のほか、前記認定にかかる破産会社及びその代表者であった津村実と被告との親密な関係、本件担保契約の内容(殊に根抵当権設定契約の元本極度額が六七〇〇万円とせられていること)及び実際の融資額は前記のとおり二〇〇〇万円であるのに、これに対し右契約締結当時の本件不動産の価額は後記のように三八一五万円相当と認められること等、本件諸般の事情を総合して勘案すると、破産会社の代表者であった津村実は、早晩他の破産債権者を害する結果が発生することを認識しながらあえて本件担保契約を締結したものと認めるのが相当である。

そして、本件においては、次のような事情が認められないのであって、すなわち、破産会社が本件担保契約締結当時は未だ会社再建の見込みが十分あったこと、破産会社の倒産が専ら内外不動産による前記割賦弁済契約の一方的破棄行為に起因すること、被告が本件担保契約の締結を強硬に主張し、破産会社がこれに応じなければ被告から新たな融資を受けられない状況にあったこと等の特別な事情を認め難いから、本件においては、本件担保契約の締結につき破産会社代表者津村実に加害の意思があったものと推認するのが相当である。

5  被告の善意の受益者の抗弁について

これに対し、被告は、本件担保契約の締結により破産会社の破産債権者を害することを知らなかった旨主張し、被告本人尋問の結果中には、右主張に添う供述部分がある。

しかしながら、前記認定のとおり被告と津村実とは親密な間柄にあったのみならず、かねて融通手形の交換等により相互に営業資金調達の便宜を図っていたこと、さらに、破産会社倒産後、被告は破産会社の草加工場から営業譲渡を受けた前記株式会社埼玉重工製作所に対し多額の融資をしたこと等に照らすと、被告は、本件担保契約締結前から破産会社の資産及び営実状態等について熟知していたものと推認できる。しかも、前記認定のとおり、本件担保契約締結前においては、破産会社の被告に対する債務不履行は全くなく、被告が破産会社に対し物的担保の提供を特に要求したこともなかったこととを合わせ考察すると、前記被告の主張に符合する供述部分はにわかに採用し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

従って、被告の本主張は失当といわなければならない。

6  むすび

以上のとおりであるから、乙事件原告は、破産法七二条一号により、破産会社が被告に対してなした本件担保の供与を否認することができるものというべきところ、乙事件原告が被告に対し、訴状をもって本件担保の供与を破産財団のために否認する旨の意思表示をし、右訴状が昭和四六年三月六日被告に到達したことは、当事者間に争いがない。

してみると、本件担保の供与は、右否認権の行使により破産財団の関係において効力を失ったものといわなければならない。

六  原物回復に代わる価額償還請求について

1  被告の本件不動産の売却

ところで、被告が昭和四四年一月二二日頃から同月下旬頃までの間に本件予約完結権を行使して本件不動産の所有権を取得したことは前判示のとおりであるが、さらに、被告が、同年七月一五日に本件不動産(一)(二)を申玄淳に売り渡し、また、同年七月一八日に本件不動産(三)(四)を神吉陽一に売り渡したうえ、それぞれ所有権移転登記を経由したことは、当事者間に争いがない。

そうだとすると、乙事件原告は被告に対し、本件不動産の原物回復に代わる価額償還請求をすることができるが、右の場合における価額算定は否認権行使時の本件不動産の時価をもって算定すべきものと解される(最判昭和四二年六月二二日・判例時報四九五号五一頁参照)。

2  否認権行使時の本件不動産の時価

(一)  成立に争いのない甲第一九号証の一、二(各鑑定書)によると、本件担保契約締結当時において、本件不動産(一)(二)の時価は金二七一〇万円、本件不動産(三)(四)の時価は金一一〇五万円であることが認められる。

(二)  被告は、「被告は本件不動産を代金計二九一五万円で売却したから、本件担保契約締結当時の本件不動産の時価はこれを上回ることはない」旨主張し、被告本人尋問の結果中には、右売却代金につき被告の主張に符合する供述部分がある。しかし、不動産売買がなされる場合、契約書等の書面が作成されるのが通例であるものと考えられるところ、被告がなした本件不動産の売却についてこれを立証する契約書等の書証が提出されていないことに照らすと、右供述部分はにわかに採用できない。

さらに、被告は、「本件担保契約締結当時、本件不動産(一)(二)は第三者により不法占拠されていたし、また、本件不動産(三)(四)の裏側は未だ田であったところ、右各鑑定書にはかかる事情が斟酌されていないから、右鑑定の結果は正確性を欠く」旨主張するが、本件不動産について右のような事情が存在したことを認めるに足りる的確な証拠はないから、被告の主張はこの点において既に失当といわざるをえない。

そして、前記各鑑定書は、鑑定の手段、方法及び結果等に鑑み、十分信用できるし、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  そして、本件担保契約締結時より現在に至るまで土地・建物の価格につき騰貴的傾向が継続していることは、当裁判所に顕著な事実であり、また、建物価格の値上り率は建物の摩滅破損率と概ね等しいものと推定できる。

従って、本件否認権行使時の本件不動産の時価は、金三八一五万円(本件担保契約締結時の時価)を下回ることはないものと認めるのが相当である。

3  むすび

以上のとおりであるから、被告は乙事件原告に対し、右金三八一五万円及びこれに対する本件否認権行使後の昭和四六年九月三日から支払ずみまで商法所定の年六分の割合による法定利息を支払う義務がある。

七  結論

如上の次第で、乙事件原告の請求は理由があるから認容し、甲事件原告の請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担については民訴法九二条に則り、主文のとおり判決する。

なお、仮執行の宣言は、相当でないと認めるのでこれを付さない。

(裁判長裁判官 小谷卓男 裁判官 山本矩夫 飯田敏彦)

<以下省略>

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